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“見られている自分”への気付き

こんにちは。情熱!テラコヤ塾です。


今回は「“見られている自分”への気づき」ということについて
お話ししたいと思います。

以前お話ししたように、客観的な視点は9歳頃から
徐々に獲得されていきます。
この獲得されていく時の“感覚”、みなさんは覚えていますか?

人から聞いた話なのですが、そのお話がとてもわかりやすかったので
この場でご紹介させて頂きます。






教えてくれたのは、大学時代の教育学の教授でした。
その先生は9歳当時、客観的な視点を獲得した時の感覚を
はっきりと覚えているそうです。

先生はその感覚を「自分が“金魚鉢の中にいる金魚”なのだと気づいた。」
という言葉で表現していました。

今までは自分の内と外に境界線というものを感じたことはなかったのに、
ある時ふと、目の前に透明な壁があるような感覚がしたそうです。
その瞬間、金魚鉢の中を泳ぐ金魚のイメージがパッと頭に浮かんで、
「自分もこの金魚と同じだ。」と感じて様々な感情が押し寄せたそうです。


自分はこの透明な水槽越しにいろんな人から見られている。
形や色を品定めされている。
今まで果てのない大きな海を泳いでいると思っていたのに、
本当は小さな水槽の中を泳いでいた。
世界はもっと広く大きく、自分が今まで世界だと思っていたのは
こんなに狭くてちっぽけなものだったんだ…。

一度気づいてしまうと、見られていることへの羞恥心、
気づいていなかった自分のみじめさ等がどっと押し寄せてきて、
とても今まで通りには振る舞えなくなったそうです。



「見られている自分」への気づきは、発達の過程上、
あるいは社会で生きていくためにも必要なことですが、
人目を気にしていなかったからこそ持てていた“自由さ”を
奪ってしまうことにもなります。
一度気づいてしまうと、もうその自由を取り戻すことはできません。

そう考えると、我々は9歳という幼さで結構な“喪失体験”をしているとも
いえます。
勉強、スポーツ、容姿、性格…。ジャンルは人によって様々ですが、
「見られている」という圧力によって、今まで持っていた自信や希望が
小さく、あるいはなくなってしまう気がします。


今こうした体験の真っ只中にいる彼ら彼女らと接する時、
上述のような背景をしっかり捉えているということはとても大切です。
喪失体験はいくつの人であっても辛く苦しいものです。
まだ幼いからその内けろっと立ち直るだろう…と甘く見てしまわず、
ゆっくりじっくり、回復作業に寄り添うことが必要です。



目の前のお子さんと向き合いながら、
「自分の時はどうだっただろう?」
「自分とこの子はどう違うかな?」
「この子は今どう感じているのだろう?」
と様々なことに思い巡らせることを忘れずにいたいと思います。

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